「なんとなく良かった」じゃ済まない
──今回のドキュメンタリーは、生田さんご自身の魅力はもちろん、歌舞伎の魅力を世界へ伝えるという意味でも意義のある作品ですよね。
でも歌舞伎の文化とか、そこに宿る技とか伝統とかを本当に知るにはたぶん、“僕が出ていない歌舞伎”を見た方がいいんですよ。それが本物だから。このドキュメンタリーの強みだと思うのは、僕みたいな俳優が歌舞伎と出会うことによって、なぜ歌舞伎という文化は日本にずっと根付いていて、ずっと人々に愛されて400年以上にもわたって残り続けているのかというのを、僕を通して知れるところなんだと思います。
──歌舞伎が長年愛され続けている理由に、生田さんなりの答えは出ましたか?
ドキュメンタリーの中でも少し話したし、僕なんかが言うことじゃないと思いますが、歌舞伎を通して“自分のルーツ”のようなものをすごく感じたんです。「自分ってやっぱ日本人なんだな」と、この先の人生が大きくガラッと変えられてしまうような衝撃を感じました。舞台に立って、三味線の音と和太鼓の音と、お客さんの拍手の音と自分が床を踏み鳴らすバンという音が混ざった時に「これ、最高のやつじゃん」ってなったんです。これは理屈で表せないですよ。スピリチュアルな話をしたいわけじゃないんですけど(笑)、自分の血に流れている日本の文化への馴染みというかフィット感というか、それをすごく感じました。
──松也さんによる自主公演の最終公演であることに、プレッシャーも相当あったのではないかと思います。メンタル面はどのようにコントロールしていたのでしょうか。
松也くんを始め、『挑む』を十数年やってきた自主公演のチームがあるんですが、そこの役者さんたちやスタッフの方々が、僕のサポートを本当に全部してくれたんですよ。浴衣の支度もやってくれるし、洗濯もやってくれるし、足りないものがあったら用意してくれる。わからないことがあったら教えてくれるし、気になることがあったらアドバイスをくれる。ずっと温室で育っていたような感覚で、みんなにやさしくやさしく育てられてきたので、すごく助かりました(笑)。
ただその反面「ここまでやってもらっているんだからマジでちゃんとやらないと」という思いはありました。「松也くんと学生時代に交わした約束を、時を経て実現させた」という話は、良い風に捉えればとても素敵でドラマチックかもしれませんが、見方によっては「はいはい、友達同士で仲良くやってるのね」とも思われてしまうと思うんです。
だけど僕らはその選択をした。「生田斗真、なんとなく良かった」じゃ済まないんです。「あの人、マジで歌舞伎役者だね」と言われなきゃいけないんですよ。かなり恐ろしいチャレンジだったと思います。
もしうまくいかなかったら、僕だけじゃなくて松也くんにも迷惑がかかる。あるお客さんにとっては、初めて見る歌舞伎がこの公演になる可能性だってあるわけです。「なんか歌舞伎っておもしろくないね」と言われたら責任重大で、ひいては歌舞伎界にも迷惑がかかるわけですから。いろいろなものを背負いながらやっていました。