『ミステリと言う勿れ』“永山瑛太”を消し去るすごみ、役柄によって全くの別人に

TV 公開日:2022/01/26 23
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現在フジテレビ系にて放送中の月9ドラマ『ミステリと言う勿れ』。放送がスタートしてから3話続けて世帯視聴率10%を超える数字を残し、見逃し配信でも非常に高い再生数を誇っている。田村由美の原作の素晴らしさはもちろんだが、月9というエンターテインメント作品を放送する枠のなかで、原作の持つ世界観とエンタメ性のラインを巧みに表現している主人公・久能整を演じる菅田将暉の芝居にも舌を巻く。


■“淡々と”し過ぎず、恩着せがましくもなく……菅田将暉の絶妙なさじ加減

原作は累計発行部数1300万部を超える人気コミック。世の中に起きている事件や出来事を、整が“淡々と”自身の見解を述べるだけで、物事が解決し、人の心も解きほぐしていくという新感覚のミステリー作品だ。


“淡々と”というのが原作を読んだときの大きな特徴で、整は誰かを説得しようとか、自分の考えを押し付けようという“意志”は感じられない。ただ、自分が思っていること、感じたことを独り言のように話すのだ。その恩着せがましくない言葉が、相手に届き、対象者は能動的に気持ちを変えていく。


本作の完成披露試写会の席で菅田は、整を演じるうえで「グッとくるセリフは多いのですが、彼自身が未熟であるという前提のなか、すべての発言が正解だとならないように気を付けながらも、どうやって説得力を持たせるか」をポイントに挙げていた。


つまり、原作の持つ“恩着せがましくない”という部分をしっかりと意識しつつ、一方でただ“淡々と”した表現ではエンターテインメントとして成立しづらいことも理解し、どこまでのさじ加減で整というキャラクターを演じるのか、しっかり見極めながらのアプローチを試みるということだったのだろう。


菅田の言葉通り、ドラマに登場した整は“淡々と”し過ぎず、だからと言って説教くさく、押し付けられた感じもせず、エンターテインメントという枠組みのなかで、絶妙なバランスで相手と対峙しているように感じられる。整が、原作よりも熱を持って語れば、物語は盛り上がり、カタルシスは得られるかもしれないが、原作の持つ染み入る感じからは離れてしまう。一方、あまりに感情なく淡々と言葉を発すれば、敢えて映像化した意味が薄れてしまう。


こうした整のさじ加減が絶妙なので、対峙する相手にも感情移入しやすくなる。第1話の大隣警察署の刑事、薮鑑造(遠藤憲一)、そして第2、3話で整と共にバスに乗り合わせた乗客ら整の言葉を受け取る側も、一方的に論破され気持ちを押し付けられるのではなく、自分たちから能動的に気づきを得ることで、救われる部分が多くなる。


主題歌はKing Gnuの『カメレオン』。菅田は試写会で楽曲について「このドラマは被害者だけではなく、加害者にも寄り添う物語。この曲はちょっと道を外してしまった人の心にも寄り添っている」と話していたが、まさに整の絶妙な言葉の発し方で、事件や事故を起こしてしまった人たちにもスッと気持ちが入り込める(部分もある)。


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