志村けん 中居正広の問いかけに涙、師匠・いかりや長介への想いを語る

TV 公開日:2019/04/04 15
この記事を
クリップ

お笑い芸人の志村けんが、4月5日放送の「中居正広のキンスマスペシャル」(TBS・20時57分~)にゲスト出演する。

50年間という長きにわたり日本のお笑い界のトップを走り続けている志村。表舞台で自分のことをほとんど語ることがないどころか、素で出るのが苦手でじっくり話す番組には出ないという。今回『金スマ』では、そんな志村の生い立ちから現在に至るまでの軌跡を辿る。




1950年、東村山市に3人兄弟の末っ子として誕生した志村。祖父母や父親の兄弟も共に暮らす大家族で特に甘やかされることもなく育った彼が、最も恐れる存在・・・。それは、柔道五段で、小学校で教頭をしていた父。冗談が通じない性格で、恐ろしいだけでなく、礼儀やしつけにも厳しかった。小学校3年生の運動会、徒競走を前に緊張した志村を襲った便意。スタート直前で漏らしてしまった。この時は情けなさに泣くことしかできなかった。その結果、クラス中から「うんこ垂らし」と呼ばれるように。おもらしのイメージを払拭したい・・・そんな時にたまたま耳にしたレコードが酔っ払いが登場する落語だった。志村はクラスのひょうきんものを演じることにした。友達を誘い初披露したコントは酔っ払いネタ。

コント以外にもいろいろとやったという。そして、続けているうちに「人を笑わせるって気持ちいい!」と
いう感情が生まれた。これが志村の「お笑い魂」の目覚めだった。そして、コメディアンを目指すことになるもう1つのきっかけが、テレビとの出会い。志村がテレビで流れる「雲の上団五郎一座」を夢中になって見ていたら、一緒に見ていた父が笑ったのだ。厳格で声を出して笑うことなどない父の笑い声を聞いたことで、コメディアンになりたいという思いが志村の中で大きくなっていった。

志村が中学に上がった頃、父は校長を目指し勉強ばかりしていた。そんな父を見て「つまんない人生だな」と、ますますテレビの世界に憧れを抱く。そんなある日、父を悲劇が襲う・・・。交通事故に遭い、その時はすぐに退院できたが、その3年後、事故の後遺症で記憶障害になってしまったのだ。志村のことがわからなくなり、母には暴力を振るうように・・・。

1/2ページ

この記事の画像一覧 (全 2件)