May J. デビュー15年、ターニングポイントとなったシーン語る

音楽 公開日:2020/12/27 31
この記事を
クリップ

日本、イラン、トルコ、ロシア、スペイン、イギリスという複数の音楽的バックグラウンドを持ち、その高すぎる歌唱力から“無敗の歌姫”との異名をとるマルチリンガルアーティスト、May J.。

来年2021年にはデビュー15周年を迎え、元日にベストアルバム『May J. W BEST 2 -Original & Covers-』をリリースするという。そんなMay J.の駆け抜けた15年、そして今作の制作舞台裏や見どころに迫った。


―バラエティー豊かで何度でも聞きたくなるベストアルバムです。制作はどのように進められたのでしょうか。制作時に印象的だった出来事などございましたら。

前回のベストアルバムが2015年1月1日リリースなので、それ以降の作品から選曲を行いました。オリジナル曲を集めたものと、カバー曲を集めたものの2枚組になっています。新録曲も2曲あり、中でも「Faith」はキーになる曲だと思っています。

この曲は10周年の時に行ったリクエストライブの際、ファン投票で1位になった曲でもあるんですが、当時は英語バージョンしかなかったんです。

これだけ多くの方に「好き」と言っていただける曲なので、「日本語でちゃんと歌詞の意味を届けたい」と思うようになり、自分で日本語の作詞に挑みました。



―「Faith」の日本語詞バージョンはかなりメッセージ性の強い作品になっています。歌に込められた思いなど是非お聞かせください。

込めた思い、実はいっぱいあります!(笑)

ゲームソフト「GOD EATER 2 RAGE BURST」のテーマソングでもあるので、ゲームからインスパイアを受け、それに自分のストーリーも混ぜるという制作手法でスタートしました。

当時はガムシャラに「私は絶対に負けない!」という強い思いがあり、たとえ失敗が続いたとしても、立ち上がって「自分はできる!」という信念を、「誰にも壊させない!」と強がっている部分がありました。

改めて今自分がこの曲を日本語でもう一度書くことになり、歌や自分と向き合ってみると、気持ちが少し変わっていることに気が付きました。

これまで対外的に「負けない」という思いを届けていましたが、これは「自分の内側に対して言っているんじゃないかな」と思えるようになっていたんです。

誰にでも、「弱い自分と強い自分」がいると思います。例えば失敗を恐れている自分と絶対に出来ると信じている自分。そんな2人の自分が戦っているような状況ですね。

強い自分が「出来たぞ!」と自信をつける日もあれば、時には弱い自分が勝ってしまうこともあると思います。

そんな弱い自分が勝ってしまった時も、今は「それはそれでベストを尽くせたのかな」と受け入れられるようになっていたんです。

そういった「弱さを受け入れられる強さ」という思いも込め、歌わせて頂きました。

―「母と娘の10,000日 〜未来の扉〜 duet with 八代亜紀」では、八代亜紀さんとのコラボもありますが、触れ合った際のエピソードなどございますでしょうか。

八代さんは歌の世界のお母さん的存在なんですが、実際には子どものような可愛さも持っている方で、本当に大好きで尊敬できる方です。

歌う時の八代さんって、すごく強いイメージじゃないですか。いつも「大丈夫!」というオーラで全員を包める。

私も「こういう風になりたい!」と思いますね。歌も深く説得力があるので本当に憧れます。



―May J.さんと八代亜紀さんは、なんでも「橋本さん」繋がりだったとか!?

そうなんです!私の本名が“橋本”で、八代さんの旧姓も“橋本”さんだったので、最初にお会いした時に「あ、同じだね!」って言ってくださって!一気に仲良くなって、場を盛り上げてくださいました。

その日に、「ドレス作ってあげるわよ」って言ってくださって、4~5年経過したタイミングでドレスが出来上がったという報告を頂き、八代さんの事務所まで取りに伺ったんです。

そこで「このドレスを着て、八代さんと一緒に曲を作って歌いたいです!」と無茶なお願いをしたことが、この「母と娘の10,000日 〜未来の扉〜 duet with 八代亜紀」のコラボのきっかけになっています。



―その際のドレスも本当にお似合いで素敵でしたね!そして先日はMotion Blue YOKOHAMAにて有観客ライブが11月20日21日とありました。1年ぶりの有観客ライブいかがでしたか?

これまで約1年もライブをしないということが無かったので、お客さんと一緒に同じ空間で作り上げて行けるライブ、これまで当たり前だったライブが、改めて「本当に素晴らしいことなんだな」と教えてもらえました。

みんなで一緒に空間を作れるということは、本当に尊いことなんだと再認識させて頂きました。



―2021年はデビュー15周年となりますが、ここまでの活動を振り返られていかがでしょう。

あっという間でしたね!「15年って、まだまだなんだな~」って(笑)

いつも言っていることではあるのですが、15年経っても「これから!」なんです。 



―15年の活動の中では、バラエティー番組でのカラオケ企画などもありました。今振り返ってみていかがですか?

カラオケ企画を頂いた時には、「巡り合わせだな」と思い、「頂いたチャンスは、全力で掴みにいかなきゃいけない!」と、その時はその時で必死だった覚えがあります。



―また、ディズニー映画「アナと雪の女王」主題歌など大きなプロジェクトも多くありました。楽曲としての印象も強かったのでしょうか。

楽曲の印象は本当に強くて、第一印象から「ミュージカルだな」と思わされました。

キャラクターの1人となって、ストーリーを伝えるという。それまでミュージカル調の楽曲を歌ったことがなかったんですが、同時に「歌ってみたい!」「こんな曲が歌えるんだ!」とワクワクさせてくれる魅力的でパワフルな楽曲でした。



―素人な質問で恐縮ではありますが、こういったミュージカル調の楽曲と、May J.さんが8歳の頃から培われているオペラとは全く別物というイメージでしょうか。

そうですね。このアナ雪の楽曲にオペラ要素は全然入っていないんです。

なので私にとって新しい経験になりました。



―May J.さんは3歳の時に「歌手になりたい」と思われてからストイックに「歌」を貫いています。デビュー当時からも歌い方、歌としての表現手法も大きく進化されているとのことですが、一番大きな進化だったと思えるものがあれば教えてください

やっぱり歌い方は変わっていますね。変わったと言いますか、「ずっと変わり続けています」。

一番大きな変化を感じたのは、それこそカラオケ企画で歌わせて頂いた「ハナミズキ」です。

それまではR&B調の曲しか歌っていなかったので、王道のJ-POPといった曲調が初めてだったんです。歌ってみると、「あ、こんな私もいるんだ」と新たな発見がありました。

そこからJ-POPや80年代の楽曲などにも興味を持つようになり、音楽の幅もチャレンジも広がりました。

本当に「ハナミズキ」はデビュー当時の段階では歌えなかったと思います。当時のキャラクターにも合わない部分があり、ビブラートのかけ方もデビュー当時に意識していたビブラートとは全く別物でしたので。

1/2ページ

この記事の画像一覧 (全 12件)

関連タグ