NMB48三田麻央が卒業「辛いこともたくさんあったけど、その倍以上楽しかった」

アイドル 公開日:2019/02/19 24
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2011年5月に2期研究生としてNMB48加入したまおきゅんこと三田麻央。2012年1月に正式メンバーに昇格。MC力とアニメ・漫画・イラストなど、特技を生かした仕事で活躍し、加入当時からグループを支えた。

そんなまおきゅんが、1月11日にNMB48から卒業することを発表した。発表の数日前に3月からNMB48はチームをシャッフルして新体制となることが発表された矢先のことだった。NMB48にまおきゅんが在籍しているのは当たり前のように思っていたファンも多かっただろう。卒業発表から約1ヶ月後の2月18日が卒業する日に決まった。発表から期間が短く、心の整理がつかない人も多かったことだろう。しかしそんな月日はあっという間に過ぎてしまい、遂に卒業する日を迎えることになった。




劇場前には卒業公演に入りきれないほどのまおきゅんファンが集まっていた。

時計の針が刻々と進み卒業公演の開始時間が迫ってきた。劇場ではまおきゅんの最後の影アナが流れ、いざ本番。最後のステージはまおきゅんが所属するチームNの『目撃者』公演である。その幕が開くと笑顔いっぱいのまおきゅんが登場した。これまではメンバーの卒業公演では真っ先に泣いてしまうことが多かったが、清々しい笑顔で最後のステージを楽しんでいる様子だ。

どの楽曲も最後になってしまうので、一瞬たりとも見逃せない瞬間ばかりであり、誰もがステージにくぎ付けの状態である。可愛い衣装で歌うユニット曲『フィンランドミラクル』では、まおきゅんの可愛さを存分に発揮して、いつもファンを魅了してくれた。

ユニット曲が終わり後半になると一気に激しい楽曲を歌い上げるのだが、あっという間に最後の曲『命の意味』になってしまい、本編の幕が閉じてしまった。場内が暗転すると、まおきゅんファンの代表からまおきゅんの想いを語り、アンコールとして「まおきゅん」コールを発動してくれた。そのアンコールに応え、再びステージに戻ってきてくれた。終わりの時間が迫ってきたが、どの曲もまおきゅんにとって思い出深い曲ばかりで、いろんなことが走馬灯のように蘇る瞬間でもあった。そして最後は『Pioneer』を歌い最後のステージを終えてステージを後にした、

しかしそのまま終わることなくダブルアンコールの声がかかり、再びステージに登場して『北川謙二』を披露して大きな盛り上がりをみせてくれた。アイドル生活最後の楽曲に『北川謙二』を選んだ理由は、「なんでこの曲を選んだかというと、旧チームMの公演のときのアンコール曲だったんですよ。そのときに歌ったときに、私が「あおり」をしまして、それがキッカケであおり職人っと言われるようになりました。そこからライブであおる楽しさとか、皆さんからいただくコール&レスポンスを知れて、そこから私は自信を付けていくことができましたので、最後はみんなで笑顔で、この『北川謙二』を歌いたいと思って歌わせていただきました」と明かした。

元気に楽しい曲をみんなで歌った後には、ついに卒業セレモニーがスタートすることに。まおきゅんは、「私のNMB48人生の最初は、どん底から始まりました。初日メンバーに選ばれず人生で初めての挫折というものを味わいました。そのときは高校生で、『スター姫探し太郎』という番組で密着してくれまして、学校に行って、この番組を見ているクラスメイトにどんな反応されるだろう、どんな反論をされるだろうかと初めてテレビで見た世間の目が怖くなりました。そこからいろいろと片付けるには重すぎるいろいろがありまして、劇場公演の楽しさだとか、MCの楽しさだとか、自分なりにいろいろ見つけてきました。同期とは同じ歩幅ではなく、ゆっくりゆっくりのスピードで、私のアイドル人生を自分の両足で歩いていたのですが、ゆっくりだったからこそ、見付けた大切なものだったりとか、皆さんだったりとか、自分の夢を見付けることできました。私が口癖のように言っていた私は自信がなかいらアイドルらしくないからと言っていましたけど、みんなが「そんなことないよ。僕たちの私たちの中では最高のアイドルだよ」って言ってくれる瞬間が一番幸せでした。

みんなの中だけではアイドルになれる時間はずっと幸せでした。私は表に出ることが、人前にでることが大好きで、小さいころから大人たちの前で自分なりに歌ったりしていましたけど、それがいざお仕事になると、その難しさに気付かされて、またその難しさの楽しさをしることができました。ずっと自信がないと言っていましたけど、私はいまこのステージの上で、自信を持って7年半アイドル活動を全力で行えたと胸を張って言えます。でもそれはこうやってしっかりと私のことをずっと見てくださっている皆さんがいたりとか、陰でメンバーのみんなが後ろから見てくれたりとか、スタッフさんが見えないところで頑張れと背中を押してくださったりとか、いろんな現場で麻央ちゃんはすごいねと誉めてくれるスタッフさんがいたりとか、少し少しのそういった出来事が私の自信に変わっていった7年半でした。本当に本当に幸せでした。辛いこともたくさんありましたけど、その倍以上楽しかったです。そのくらい幸せでした。この最後になにを言おうかずっと悩んでいて、歴史を振り返ろうかと思っていましたけど、振り返っても幸せなことしかないんですよ。それはこうやって見てくださる皆さんがいるからです。アイドルという道からは外れて違う道に進みます。アイドルの三田麻央をずっと応援してくださっていた方は、最初は戸惑うことばかりだと思います。私もまだなにもわかっていないです。でも皆さんとなら絶対大丈夫だと信じています。またゆっくりになるかもしれませんけど、一歩一歩ゆっくり亀みないな遅い私のこれからをまた一緒に歩いてほしいです。本当に幸せでした。幸せでした。たくさんの愛をありがとうございます。ここで三田麻央第一章は終わりです。24日の握手会で第二章が始まります。また第二章の三田麻央も楽しみにしてくださると嬉しいです。これからもよろしくお願いします。ありがとうございました」と語った。

同期の古賀成美は、「NMB48にとって本当にすごい偉大な先輩であって、大切な存在でした。ライブを誰よりも誰よりも考えていて、こうしたらファンの方が喜んでくれるだろうとか誰よりも考えて、誰よりもNMB48のことについて一番考えてくれたし、本当にNMB48愛がすごい大きくて、三田を見ていると頑張らないとと思ったし、本当に努力がすごくて、誰よりもレギュラー番組を持っていて、本当にカッコよくて、今日も幕が開くと、ファンの方がすごくて、誰からも愛される存在なんだなと思います。三田はこれからNMB48としては、違う道を歩んでいくけど、また新たな三田麻央として、NMB48と一緒にお仕事ができたらと思います。三田麻央は成功します。東京のシティーガールになるけど、三田は絶対に成功します。皆さんこれからも三田麻央の応援をよろしくお願いします」と古賀独特のスピーチでねぎらった。

今日でアイドルは卒業してしまうが、三田麻央の第二章がスタートするので、どのような三田麻央が見れるのか今から楽しみである。7年半本当にお疲れ様でした。そしてありがとう。

取材・文/ブレーメン大島

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