市川美織NMB48を卒業 アイドル人生8年、フレッシュレモンが大きな実をつけた日

アイドル 公開日:2018/05/02 74
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市川美織NMB48劇場で卒業公演を行った。市川は2010年3月にAKB48に加入し、2013年4月にNMB48を兼任することになり、2014年2月にはNMB48へ完全移籍した。

AKB48での市川は、キャラクター先行のいじられキャラだったが、NMB48では自分よりキャリアも年も下の子が多く、気が付けばチームを引っ張るような頼もしい存在となり、欠かせないメンバーへと成長した。すでに市川の地元である埼玉県、そしてNMB48の本拠地・大阪で卒業コンサートが行われてるが、この劇場での卒業公演が、アイドル市川にとって最後となる公演となる。

卒業公演は、市川が所属するチームNの『目撃者』公演。市川による影アナで幕が開き『目撃者』『前人未到』『いびつな真珠』『憧れのポップスター』と一気に歌い上げた。ユニット曲では、市川にとってNMB48の代表曲とも言える『おNEWの上履き』などを披露。どの曲も最後になってしまうことで、一瞬たりとも見逃せないシーンが続き、あっという間に最後の曲『命の意味』になり、チームN全員でしっかり聴かせてくれた。




本編が終了すると、市川ファンの代表が先導をして、『みおりん』コールが発動された。そのアンコールに応え市川は再びステージに戻り、アンコールでは一気に5曲を歌い、最後はチームNの代表曲でもある『Pioneer』で再び幕が閉じた。

再度場内が暗転すると市川のこれまでの歴史を綴ったヒストリー映像が流された。AKB48に加入した当時の懐かしいシーンから現在までの映像で、市川がアイドルとして歩んできた道そのもの。さらに道は続き、先日AKB48劇場に出演した後にダンボールに入ったレモンが出荷され、そのレモンがNMB48劇場の舞台に到着した。そのダンボールの中からレモン色のロングドレスを着た市川が現れ、さらにメンバー全員がレモンを被って登場、市川の卒業セレモニーがスタートした。

市川は「私がアイドルになったキッカケは、元々AKB48が大好きで、アイドルの力を感じるようになってAKB48に支えられていました。たかみなさん(高橋みなみ)という小さい巨人を見て、小さくても頑張ればみんなを引っ張っていける大きな存在になれると思いました。体を張って頑張っている姿を見て、アイドルって楽しそうだとすごく思いました。運命かどうかわかりませんが、こうやって8年間も続けられたということは、この運命にしたがってよかったと思います」と振り返った。

「3年くらいAKB48で活動していた頃に、NMB48と兼任という形で関わらせてもらうようになって、さらに自分の世界が広がりました。AKB48に入った頃は、前にいたのに、ドンドン後ろに下がっていって、私はレモンしかないと思っていたんですけど、たくさんの方に「レモンを捨てた方がいいよ」とか「次のキャッチフレーズは何ですか?」とか言われるようになってしまいました。自己紹介でも「フレッシュレモンになりたいの」って一緒に言ってくれる人が少なくなってしまいました。握手会でもドンドン列が少なくなってしまってどん底でした。そんなどん底から救い出してくれたのがNMB4848でした。NMB48ではファンの方に好かれる方ではなかったと思いましたけど、レモンババァとか言って私をいじってくれて、ボケにはツッコミが必要で、それをやってくれたのがNMB48のメンバーでした。だから私はメンバー、スタッフの皆さん、応援してくれているすべての人に本当に感謝しています。まさかAKB48よりNMB48の方が長くいるんですよね。ずっと私の存在を許してくれてありかとうございます。私はNMB48にとってなにかひとつでも役に立った大切な存在になれたでしょうか?これまでなにもできなかった自分がアイドル生活をやりきった気持ちです。これからは応援してくださった皆さんと”市川美織”というひとりの存在として楽しいことができたらと思います。アイドルとしての市川美織は終わりですが、市川美織のこれからはまだ長いので泣いている場合じゃないですね」とメッセージを贈った。

涙ぐみながら語った市川だが「この卒業公演にはお礼を言いたい人が応援に来ています。この場を借りてお礼を言いたいです。パパレモン(市川の父親)です。パパレモン、最後まで応援をありがとうございました」と挨拶した。

「パパレモンは私の卒業をニュースで知ったんですよ。本当は家族に支えられているのに、家族にそういう相談するのが恥ずかしかったんです。これからアイドルじゃなくなったら給料も下がると思います。厳しい生活を余儀なくされると思いますので、それなのに服ばかり買って怒られてます。卒業したらとりあえず、お洋服の整理をします。まず自立をしてお父さんに頑張っていると見守ってもらいたいです。これからもたくさんお世話になります。でも老後は私がお世話します」と最後にみおりんキャラを爆発させ、笑いに包まれながらの卒業公演の幕は閉じた。