4月1日、NHKホールにて「坂本真綾 LIVE TOUR 2018 “ALL CLEAR”」が遂にツアーファイナルを迎えた。3月10日の大阪国際会議場公演から始まった、彼女にとって約2年ぶりのツアー。初日には「もっともっと進化していく再始動のツアーにしたい」と語っていたが、翌日の大阪公演、3月17日の台湾公演と3月24日の香港公演、そして自身が誕生日を迎えた3月31日のNHKホール公演を経て、驚くほどの進化を遂げた歌声とパフォーマンスを見せてくれた。
今回のツアーはタイトルに“ALL CLEAR”と冠されている通り、ニューシングル『CLEAR』をひっさげつつも、既に200曲以上のオリジナル曲の中から坂本曰く「私自身が今、唄いたい曲」を中心にセットリストが組まれた。
気になる1曲目は……まさかの『プラチナ』! 新曲『CLEAR』はTVアニメ「カードキャプターさくら」の続編のテーマソングとして書き下ろされたが、20年前に前シリーズの主題歌となり多くのファンに愛され続けてきたのが『プラチナ』である。この日、まずはバンドのメンバーである河野伸(Key)、佐野康夫(Dr)、大神田智彦(B)、今堀恒雄(G)、石成正人(G)、稲泉りん(Cho)、高橋あず美(Cho)がステージに登場すると、佐野のバスドラに合わせてオーディエンスが熱気溢れる手拍子。坂本真綾が登場し、ステージ中央で「ようこそ」という感じで両手を広げると、しょっぱなから伸びやかな声で『プラチナ』を歌い始める。この時の会場全体の高揚感はちょっと鳥肌モノだった。色んな人に「初めて買ったCDは『プラチナ』です」と声をかけられることが多いと語っていた彼女の、20年経っても、そしてこれからもこの曲を歌い続けようという意志を感じさせる輝かしいオープニングだった。
「こんばんは、坂本真綾です!38年と1日生きています。昨日、誕生日を一緒に祝えなかったという人、今日祝ってくれても大丈夫です!」という、みんなの笑いと歓声に包まれながら最初の挨拶。「ツアーファイナル、一緒に楽しんでください!」という言葉を合図に『ハニー・カム』へ。
清流のように爽やかな歌声を自由に響かせると、観客の手拍子やバンドの演奏、その全てで美しい一体感が生み出されていく。その後も「マメシバ」「夜」「24」などの懐かしいナンバーから、新曲『レコード』をじっくりと聴かせたり、アコースティックで『光の中へ』、オリエンタルなムードとコーラスの重なりも味わい深い『美しい人』など次々と披露。
一旦、坂本がステージを去ると、河野と今堀と石成の3人がフロントに並び、ギタレレなどによるインストで『夜明けのオクターブ』を演奏する場面も。そして、スカートのスリットがセクシーなベージュのドレスから、鮮やかなブルーのミニドレスに着替えた彼女が再び登場。美しい鍵盤のイントロが素敵な『Million Clouds』から楽しくキュートな雰囲気の『ロマーシカ』と続き、坂本真綾ならではの極上のポップワールドを心地良く堪能させてくれた。
「このメンバーとこのステージ、6回しかできなかった」と今日でツアーが終わってしまうことを惜しみながら海外公演の思い出も。「初めての海外公演だったんですけど、ものすごく喜んでいただけて。もう何を言っても笑ってくださるし、甘やかされちゃって」と笑顔。そこから突入した終盤戦では新曲の『逆光』から、人気曲満載の“ALL CLEAR”メドレーへと続き、大きな興奮と感動が止まらない。特に『逆光』では、メロディや感情表現の移ろいが激しいこの曲を、ステージ左右に移動しながらまるで猛獣使いのように歌いこなす様が大きなハイライトを生み出した。
この日の彼女はどんな動きの中でも一番良い声が出せていて、なおかつそこに多彩な感情や愛情が溢れ出しているような印象を受けた。それは本編ラストの『CLEAR』においても顕著だった。ちなみに『CLEAR』の取材では、制作段階で強い責任感を持ってTVアニメ「カードキャプターさくら クリアカード編」に寄り添った歌詞を書いたが、主人公と自分自身とは世代も違うので、歌うことに対しては今の彼女が自然体で生み出している作品とはまた異なるエネルギーを要したという発言もあった。しかしこの日のMCで「19歳の時の私が今もここにいます」「今の私が歌う、一番新しい歌です」という曲紹介もあったように、このツアーを通じて『CLEAR』を唄っていくことで彼女の中にも何か腑に落ちるものがあったのだろう。《心の底に泉があるの》という歌詞もあるが、20年前の『プラチナ』から変わっていない坂本真綾の心の泉が確かにここにあったし、彼女自身、躍動感いっぱいのサウンドの中で唄いながらすごく感極まっているように見えた。『CLEAR』もきっと『プラチナ』のように長く愛されていく曲になることだろう。
アンコールでは5月23日にリリースされることが発表された新曲『ハロー、ハロー』が披露された。この曲はTVアニメ「あまんちゅ!〜あどばんす」のエンディングテーマとして自身が作詞・作曲を手掛けたもの。唄う前にこの曲に込めた想いをこんな風に話した。
「例えば今日のライブのことを後で思い出す時、みんなちょっとずつ違うと思うんだよね。大好きな曲だけ思い出すわけじゃない、何かわかんないけど妙なことを覚えてたりする。私なんて高校生でデビューしてファーストライブのことはうっすらとしか記憶してなかったりするんだけど、でもお昼休みに購買で買ったパンを持って歩いてた時のことを覚えていたりする。そういう何でもないことを覚えてるのかな、というのを歌詞にしました。廊下でパンを持って歩いてる10代の私が、今の私にパッと振り返って『ハロー、ここにいたの覚えてる?』って言ってるような。そんな歌にしてみました」
とてもシンプルなメロディが愛らしく優しい雰囲気を生み出すミディアム・ナンバー『ハロー、ハロー』が、オーディエンスの左右の手の動きも楽しげに演奏される。20周年のアニバーサリー期間とその後の少しゆったりとした時間を経て、昨年の後半における活動の中では「再会」というキーワードもあったようだが、『ハロー、ハロー』という曲もまた、いつかの自分自身と再会し、過去を抱きしめるような内容だ。聴いた人はいつの頃の自分を思い出したことだろう、そしてもし会えるとしたらどんな言葉をかけただろう。そんな嬉しい時間旅行をするようなひとときだった。
アンコールのラストは『シンガーソングライター』で、会場のみんなもコーラスに参加して楽しくハッピーに終了。バンドのメンバー全員でおじぎをしてステージを去り、会場には終演のアナウンスが流れた。それでも、オーディエンスのスタンディングオベーションが止まらなかった。すると数分の後にピアニカを片手に坂本真綾と、バンドのメンバーがダブルアンコールに応えてステージに戻ってきた!「まだ帰んないのかい!全くもう、そんなに楽しかったとは!」という彼女も笑顔。「手を叩いたら出てくるっていう前例じゃないからね、これは特別よ!」と釘を刺しながら「でも、嬉しいです」と素直な言葉を口にした。そして今回のツアーでは台湾・香港の海外公演でのみ演奏された『ポケットを空にして』をみんなで大合唱するピースフルすぎるシーンでライブは終了した。
久しぶりのツアー、また新たな気持ちでひとつひとつのステージに向き合ってきた彼女だが、海外公演という初のチャレンジも経て、更なる進化を遂げたことがひしひしと感じられる最終日だった。ポップ・ミュージックとは、こんなにも伝わるものなんだ、こんなにもたくさんの人を笑顔にさせられるものなんだ。この嬉しい手応えを携えて坂本真綾はこれからどこへ進むのだろう。「今年は色々と予定があります!」と言っていたので、まずは5月のシングル『ハロー、ハロー』のリリースを楽しみに待つとしよう。
Text:上野三樹