内田真礼がなりたかった意外な仕事!ブレイクまでの歴史を紐解く
12年にアニメ「さんかれあ」主演で頭角を現わし、女優、アーティスト活動など声優の枠を越えた活躍を見せる内田真礼。キャラクター性、ビジュアル性の高さから人気に拍車がかかり、最近の調査では15年の深夜アニメ出演話数が全声優のなかで最多となるなど、多忙を極めている。そんな内田が「FLASHスペシャル グラビアBEST2016GW号 (FLASH増刊)」の中でグラビアとインタビューに答えている。 「小さいころはかなり人見知りで、おしゃべりが苦手な子供でした」 幼いころ人見知りだった内田さんは、3歳下の弟とよく遊んでいたという。 「私も弟もゲームが好きなので、近所の子供たちと一緒に秘密基地を作ってFFⅦの“飛空艇”に乗ってるシーンを再現したりしてました。でも外で遊んでいたのは小学1年生くらいまでです。当時、芸能人になりたいというのはなかったですけど、お芝居が好きで、発表会とかでは、人見知りなのに意外と積極的だったんです」 おとなしそうに見えて、目立ちたがり屋の部分もあったという。当時の将来の夢は“お花屋さん”だった。 「そろばんとかエレクトーンとかの習い事をやっても長く続いたことがなくて…。今まででいちばん長く続いているのが声優なんです。母親も“やっと向いてるものが見つかったね”って喜んでくれています(笑)」 中学時代、演劇部に入っていたこともあったが、それも長くは続かなかった。日本文化に興味があったということもあり、お花屋さんから一転、将来の夢は“舞妓さん”に変わる。 「舞妓さんになるから高校に行かないで今すぐ京都に行きたいって、親を説得したんですけど、“1年だけでも高校に行ってくれ”と言われたので、渋々高校に行きました(笑)」 高校時代、舞妓さんの夢が絶たれて落ち込んでいたこともあったが、中学時代の演劇部が楽しかったことを思い出し、ゲームやアニメ文化も好きだったので、声優になることを決意する。 「高校を卒業して養成所に入ったんですが、レッスンは週1回だけ。時間があったので、アルバイトもたくさんしていました。いちばん楽しかったのは、うどん屋さん。うどんが好きで、まかないでうどんが食べられたので(笑)」 養成所には3年通い、事務所への所属も決定したが、1年めはほとんど仕事がなかったという。 「最初のアニメの仕事は覚えてます。緊張の連続で、帰りの電車の中で具合が悪くなったのか、そのまま倒れて記憶がないんです。気づいたら病院でした。そのときは“声優に向いてないのかも”って思いましたね」 転機となったのは、12年にアニメ「さんかれあ」に主演したとき。同じ時期に実写ドラマ「非公認戦隊アキバレンジャー」にも出演することになる。 「急に忙しくなったんです。初めてのことも多くて、ドラマで相手の顔を見て演技することにも緊張してしまったり」 その後はアニメ「中二病でも恋がしたい!」でもヒロインを務め、大ブレイク。14年にはアーティストとしてソロデビューを果たす。 「最初は歌手の何が正解なのかで悩んでました。私は声優だし、キャラクターありきじゃない自分の“素”を出して歌が歌えるのかと。最近になって自分が楽しまなきゃ、何も生まれないと思うようになりました」 グラビア、インタビューの続きはFLASHスペシャル グラビアBEST2016GW号 (FLASH増刊)で!