『組曲(Suite)』をリリースした中島みゆき “攻め”は始まったばかり
”攻め”の中島みゆきーー。 2015年の年末に、今年の彼女の活動を振り返った時に、そんな言葉が浮かんできた。 ”守り”に入らない。過去を振り返ったり懐かしがったりしない。これまでの実績や栄光に頼らない。そこから更に先を進もうとしている。もちろん、その姿勢はデビュー以来一貫してそうだったのだろうけれど、今年、特にそんな印象を強く感じるのは、11月に出たアルバム『組曲(Suite)』が大きい。 何しろ、全曲が新曲なのだ。   まっさらな新曲が耳を揃えたように10曲並んでいる。 去年のアルバム『問題集』は、アルバム発売後に上演された「夜会VOL.18『橋の下のアルカディア』」で歌われる曲が「夜会」の事前の”予習”も含めて半数を占めていた。そして、去年から今年にかけて日本中で流れていた『麦の唄』も収録されていた。 新作『組曲(Suite)』はそうではなく、いわゆる「リード曲」を中心にしたアルバムという一般的な作り方ではない。どれも書き下ろしの新曲ばかりでアルバム一枚を形作っている。 去年上演された「夜会VOL.18『橋の下のアルカディア』」は、「夜会史上」最多の46曲が使われていた。それだけの曲を書いておきながら、その後に出るアルバムに全て新曲を揃えている。アルバム『組曲(Suite)』を聞いた時に、一体いつ書いたのだろうというのは素朴な驚きだった。 「今年の年明けはお正月から「夜会」の映像の手直しとかを一気にやってましたからね。「アルカディア」が終わってまた「アルカディア」。頭の中がグルングルンしてました(笑)。レコーデイングは5月で、デモは4月でしたけど、曲はその前にはありましたよ」 大ヒットした『麦の唄』は、実は20年ほど前に書いていた断片をドラマに沿って書き直したというエピソードはすでに広く知られている。今回、そういう曲もあったのだろうか。「素材として持っていたのはあることはあるけど、それでも比較的近いものかな」と言った。 「どれも単体の曲として書いてましたからね。全部揃った時に、どれか一つの曲の内容的なものが全編を貫いているという感じじゃないなあと思って、こういうタイトルにしたんですけどね。「組曲」ですから、楽章ごとに色が違ってもいい。色々楽しんで頂けると思います。”Suite”としたのは、「組曲」だけじゃクラシックの先生みたいで大げさな感じですし、そこまでは。スイートルームのスイートです」 全10曲。どれも紛れもない中島みゆきだ。『36時間』の包み込むような優しさも『愛と云わないラブレター』の健気な愛らしさも『ライカM4』の演劇的な表情も『氷中花』の詠嘆的な感情の起伏も、どれも個別的でありながら一つのアルバムの流れを作り出している。”ナントカ組曲”という定型とは違う個々の曲の対等な濃密感はこのアルバムならではだ。 全10曲の前半と後半が分けているように思えるのが5曲目の『霙の音』だ。近年の曲の中でも問題作と言って良いだろう。”衝撃の”と形容詞をつけたくなるくらいの出色の曲。何気なく聞くと、”女性の残酷さ”を歌っているようにも聞こえるかもしれない。 「久々の男いじめね、思い切りいじめてみました(笑)。レコーデイングの時もミュージシャンは譜面を見て弾きますから、男ばっさり切られて終わる、ヒデエみたいな感じだったみたいですけどね。英語の詞をお読み頂けると、残酷なのは男の方だということがよくお分かりになると思うのですが(笑)。歌詞の説明はしませんのでお好きなように」 その答えを解きほぐす一行が歌詞の中にある。それがどこなのか、そしてどんな意味を持つのか、英語詞を参照するともう一つの秘められたストーリーが見えてくる。残酷なのは男か女か。あなたの解釈はどっちだろう。 アルバムの前半と後半とトーンが違うのはアナログ盤を意識したようにも聞こえる。A面とB面。『空がある限り』と『もういちど雨が』の空に広がってゆくような寂寥感や達観したような明るさ、それでいて毅然として地平線を見ているような眼差しが僕は好きだ。 後半の”衝撃の一曲”が『Why & No』だ。突き抜けるような歯切れの良さとこみ上げる感情を叩きつける激しさ。”はっきりしろ、言いたいことは言ってしまえ”とここまで言い切った曲は思い当たらない。 「私、気が弱いんですよね(笑)。どうしてハイって返事しちゃったんだろう、と後になって思うことが何度あったか。だったら、言えばいいじゃん、って自分に言ってる。なかなか言えないんですよ。他人にじゃありません。自分に言ってます(笑)」 アルバムの流れの緩急こそ『組曲(Suite)』の聞き所だ。『休石』の慈愛に満ちた語りかけは、最後の曲『LADY JANE』で軽やかなフィナーレに向かう。『36時間』で始まる10曲の物語に壮大な終結感というカタルシスはない。 「普通は10番目に重い曲が来ると思うでしょ。軽いじゃん。まだ終わらない、ということでもあるしね。まだちょっと終われない。しぶといよ、私は(笑)」 ”攻めの中島みゆき”ーー。 そう思ったのはそんなアルバムの潔さに対してだけではない。音が違うのだ。新しいマスタリング・エンジニアを迎えたという音色がこれまでと相当に違う。一語一語、フレーズごとに違う日本語のニュアンスや彼女の声の特質が分かっているかのようなデリケートな声の表情。感情がそのまま言葉になったような声のドラマの生々しさ。こういう耳障りのアルバムは初めてだ。 これまでと違うーー。 そう思わされた決定打が、11月12日、アルバム『組曲(Suite)』発売の翌日から始まったライブ「一会(いちえ)」だった。「夜会」とも「縁会」とも違うコアでレアな選曲の歌と演奏は身じろぎもさせないほどの気迫に満ちていたのだ。インタビューを終えた別れ際に、彼女が冗談めかして言った「これからの私、すごいよ」という言葉を目の当たりにする思いだった。 ライブ「一会」は、来年も続く。彼女の”攻め”は、今、始まったばかりなのだと思う。 (文 田家秀樹) 本日発売となったアナログ・レコード『組曲(Suite)』は、1998年4月17日に発売した25作目のオリジナル・アルバム『わたしの子供になりなさい』以来17年ぶりのアナログ・レコード。 30cmジャケットの存在感をさらに引き立てる重量盤仕様と中島みゆきファンに留まらず、オーディオファンにも手に取ってほしい1枚となった。また、今秋すでに3曲がCMに起用されている中島みゆきだが、新たに宇宙人ジョーンズでおなじみのサントリーコーヒー「BOSS」の新TV-CM最新作に『ヘッドライト・テールライト』が決定(CMオンエアは12月11日から)するなど、その普遍的な魅力でCM界も席巻中だ。