木根尚登が語る小室哲哉、宇都宮隆と「TM NETWORK」の30年間
TM NETWORKのメンバーとして、ソロでは作家としても愛されている木根尚登。そんな彼がライフワークとして1994年から執筆を続けている書籍が「電気じかけの予言者たち」。TM NETWORKでの活動を中心に自身の周りで起きた様々な出来事をまとめた作品となっている。今回、「電気じかけの予言者たち -CLASSIX-」として過去の作品をまとめた「ボックスセット」的な一冊を刊行し、このシリーズにも一区切りがついた。 木根尚登に、今の心境を聞いた。 -ボックスセット的な形で700ページ近い重量でまとめた1冊となっています。TM NETWORKの活動が一区切りしたことも、今回の出版に関係するのでしょうか? 木根尚登 「電気じかけの予言者たち」の1冊目が1994年…まさかずっと続いて20年後にまとめて出すなんて夢にも思っていなくてですね(笑)。この書籍は、「実際こうやってデビューしたんだよ」とか、「TM NETWORK のTM は多摩だったんだよ」とか、今だから言える話を満載にしながら、振り返りながら、1冊1冊やってきたんですよ。それが、定期的にでもなければ、計画的でもなく今まで出版させていただいて…書くのも楽しかったし、思いの外みなさんに楽しんで頂いて、自分の中でじゃあ「新」「続」って続けていこうって出し続けてきたんです。おかげさまでTM NETWOEKも解散せずにね、30年。いろいろありましたが、仲良く楽しく暮らしてやっていく中で、結果6冊になって、今回30周年ってことで6冊目を書かせていただいて。その都度出してきたときに、そのときに購入している方はいいんですけど、全部を見ているという方ばかりではないと思って、アーカイブじゃないけど、前のものが読みたいとかっていう声がすごく多かったこのタイミングで全部一斉に出すことになったんです。 -今だから読んでもらいたい所とかってありますか? 木根尚登 今だから読んで欲しい所?ん~やっぱり、実はもういろんなタイミングで話してきたことだしコアなファンの方々とかはね、さっき言ったTMの意味とかもよく知ってることだし…。じゃあ、どこ読んで欲しい?って言ったときに、やっぱり「30年間無事にやってこれたこと」ってのが一番大きいんですね。何度も言うようですけど、みなさんご存知のようにいろんなことがあっての30年ってことで…特に宇都宮くんの病気だとか、そういうものっていうのは本当に今だからこうやって笑って話せるけど、もしかしたらもうTM NETWORK ってのは2度とできなくなっていたかもしれないとか、そういう意味では、とにかく30周年のツアーに出る前後というか、特に病気後のさいたまスーパーアリーナのくだりとかを読んでもらいたいですね。 -1冊にまとまったことで、最初から最後まで読むとTM NETWORKの歴史がわかるわけですからね。 木根尚登 そうですね。どんなバンドでも長く続けている人たちは歴史があるんですけども、そういった歴史をまとめて出版してらっしゃるグループばかりではないんで。そういった意味ではなんか…まあ自分でやってきたことではあるとはいえ、ホント、客観的に見ても書けてよかったなっていうか、読んでいただけてよかったなという思いですね。 -今回は「お宝」の初出しもありますね。 木根尚登 特典ですね。CDで言ったらボーナストラック。 -「竹馬」とか。 木根尚登 これもね…(笑)。ずっと取ってあって、この竹馬というのはTM NETWORK という長い歴史にとってはそんなに大きなことじゃないかもしれないんですけど、僕にとってはとても大きな竹馬で(笑)。どうしてもみなさんに、この中身を見て欲しかった。 -衣装の中身ですね。 木根尚登 こんなんなってんの?って。足長おじさんみたいな長いズボンをはいた大道芸人の中はどうなってるんだろう、って思うでしょ?こうなっているんです(笑)。ホントにたいしたことないんですけどね。TMの歴史では。 -いわゆる舞台装置ですもんね。 木根尚登 TMの舞台装置はどうなんだって…そういえば「ガボールスクリーン」なんていうけっこうお金をかけて作ったロボットとかあるんですけど、そのロボットなんてそういえばどこ行っちゃったんだろうなと思ってね。だいたい大道具ってのは、使っちゃったらほとんど壊しちゃうから。 -そうですね。 木根尚登 当然ないんですよ、普通は。 -でも竹馬だけは。 木根尚登 竹馬だけはあった(笑)。実は、これ乗ったら?って話もあったんですよ。今回のツアーで。 -これに? 木根尚登 でもね、もしかしたら木が腐っているかもしれないってことで…。怖いから、止めたほうがいいよってみんなに言われて(笑)。 -そうですね。 木根尚登 もう年なんだしって(笑)。 -そういった意味でも貴重なお宝ですね。 木根尚登 最後、全部読み終わったときにちょっと「おまけ」的にね、楽しんでいただけたらなっていう思いで掲載しました。 -他のメンバーなんですが、木根さんから見た小室さん、宇都宮さんってどういう存在でしょうか? 木根尚登 二人ともとにかく付き合いが長いんで、一言で言ったら、兄弟ですね。宇都宮くんは、実際は僕が1ヶ月上なんで、僕の方がお兄さんなんですけど、もうほとんど双子的な感じ。どっちが上でも下でもないという…でも兄弟な感じの空気があるんです。彼は、どうして音楽を始めたんですか?って取材なんかで、必ず僕がいようがいまいが答えるのが「木根に歌えって言われたから」って言うんですよね。そういったときに、初め冗談なのかと思ったんですけど、確かに誘ったのは僕だなって…16歳の時に彼へ「歌って」って言ったのは自分なんだと。彼は歌手になりたいとかそういった意識は別に無かったと思うんです、その頃は。僕がとにかく自分で曲を作りたくて、曲を作って自分で歌うんじゃなくて、それを歌って欲しくて…みたいなところからスタートだったから。だから、もう、ホントに兄弟といえるし、僕の分身だったんですね、僕の中ではずっと。TM NETWORKになってからは、小室くんの分身にもなるんですけど、その前では僕の分身であって、この人は僕の代わりにパフォーマンスをしてくれる人、歌ってくれる人っていう意味でのパートナー。すごい長い間ずっと一緒にいるパートナーですよね。 -かけがえのない存在ですね。 木根尚登 そうですねホントに。また小室くんとちょっと違うのは、宇都宮くんと知り合ったのは10歳だから。小室くんと知り合ったのが僕が18歳で8年の差があって。宇都宮くんとは小学生のときからずっと公園で一緒に遊んだりとか、ちょっと大人になってきたら一緒に映画行ったりとかね。高校になって映画見に行こうとかって、そんなホントにお友達としても一緒に寝泊まりしてというね。だから家族以上にずっと一緒にいた人。彼もすっごく素直な人で、小室くんと出会うまでは僕の言いなりですよ(笑)。言いなりって言うとおかしですけど、僕が例えばフォークを作れば好き嫌い関係なくフォークを歌わなきゃいけないし。演歌っぽい曲作ったら作ったで、それを歌ってるしね。アイドルっぽい曲を書けば、それを歌ってるし。ホント、色んな曲を文句も言わずに歌ってくれたなって。それが僕が曲を作る主導権を小室くんにバトンタッチしただけで、それでも彼は変わらず「今度はなに?小室が作った曲を歌えばいいの?」みたいな流れでね。ホントにだから、彼は彼でいろんな思いがあっただろうし、でも全てを受け入れてくれて、TM NETWORKを30年間やってこれたのも、すごく彼のそういう…それが楽しいのか楽しくないのか本意はわからないですけど、でもずっと歌い続けてくれたことっていうのは感謝してますね。彼がどっかで、ソロみたいに、もっとこういうの歌いたいよ、とか、こうだよあぁだよってのを言ってたら、TM NETWORKはなかったでしょうね。ボーカル命ですから。 -そうですね。 木根尚登 うん。「俺ちょっと、HOUND DOGみたいなの歌いたいんだよ」とか言って、「いや、ちょっと小室の曲じゃないんだよね」とか言い出しちゃうと、違ったんですよね。彼には好きな歌とかいっぱいあるはずなんですよ。好きな音楽ってのが。それでもずっと歌い続けてたし。30周年になって、同じように今「これキーが高いよ」とか言いながらね、やっぱり最終的には受け止めて歌ってやっているところは、偉いなって思いました。 -そういう話はメンバー間でいままでしたことはあるのですか? 木根尚登 全然、しないですね。これ本人がいたら、またちょっと違う言い方になるかもしれないしね。「お前すごいな~」なんてお互い言わないしね。そんな、しみじみとお互い褒めることもないし。 -TM NETWORKが30周年を迎えてもなお進化しているのって、そういった関係性があるからのように感じます。 木根尚登 そうですね。あの…言い方が合ってるかどうかわからないんですけど、「熱くならない人たち」なんですよ。「昨日の俺たちの演奏はあんなんじゃないじゃん!」みたいなのは、絶対にない(笑)。「お前、もっとできるはずだよ」みたいなね。そういうのが一切なくて。コンサートの前に、僕もそうなんですけど、3人ともソロの時とかは舞台袖に集まって、バンド全員が手を重ねて「やっ!」とか「おっ!」とか「えいっ!」とかやるんですよ。これ、例えば宇都宮くんのソロなんかだと、誰かリーダー格のバンマスが「やろうよ!」ってなれば宇都宮くんはきっとイヤとは言わないんですよ。僕も誰かが「ちょっと気合い入れてやろうよ!」ってなって「ちょっと木根さん、来て!」って呼ばれて「ああ、俺か」ってなって、じゃあ「よしっ行こっ!」みたいなやるんです、「うぉ!」って。そういうの30年間でTM NETWORKは1度もないですね。 -一度も。 木根尚登 冷めてるっていう言い方とは違うのかもしれないんだけど…例えば、スタジオに集まる?じゃあ何時にね、なんてバッて集まるんだけど、「おはようございます!」もなければ、「こんにちは!」もなければ、「今日よろしく!」もなければ、ふらふらっと集まってなんとなく始まる。挨拶がまずないグループですね。 -挨拶がない? 木根尚登 ないですね。挨拶なしに「いや、あの曲なんだけどさ~」「ああ~」みたいな感じで突然に始まる。で、「ああじゃあ時間だ」って「じゃあね」みたいな感じでね。「じゃあね」もないときもあるな!誰かと話してるときにはもういつの間にか2人ともいなかったりとか(笑)。それがね、ずっと30年間。東京ドームですら2日間やって、「お疲れ様」とかなしだよ。 -ないんですか? 木根尚登 ないんです。お互いね。マネージャーやスタッフはそりゃあ言ってくれるんですけど、3人の中ではないわけですよ。「よくやったよ!」とか。東京ドームが終わって「じゃあね」って帰るときも、アマチュア時代に営業やって帰るときも、なんにも変わってなくて。だからずっと長く続いているのってそういうところなのかな。誰かが、「TM NETWORKはこうじゃないの?」とか言いだしちゃったりしたら、なんか違う方向に行ってたかもしれないんですよ。だから、ボーカルも淡々としてね、「今度はこれ歌うの?」っていうスタンスで、作り手も「こんなん作ってみたんだけど、どう?」なんて言って。「ああ、いいんじゃない?」「そうだ」「あぁだ」なんてね、ホントに淡々とやりながら。で、よく小室くんは、僕ら3人のことを「草食」って言うんだけどもね、肉を食べてないっていう、言い合わないというか、熱くならないというか。「喧嘩しないの?」ってよく聞かれるんだけど、大喧嘩したこともなければ、言い争うこともなく。ただきっと、今思えば振り返ったときに、ちょっとふて腐れたりとかね、お互いそういった場面を思い出せば、カチンときたとか、ちょっとムッとするようなことはあったとしても、それに対して「お前なんでそういう言い方するんだよ」みたいな話にはなっていかない、不思議なグループなんです。 -そう考えると、本書でも語られている「電車の中での握手」は本当に初めてだったと。 木根尚登 初めてでした。熱いというか…。 -さいたまスーパーアリーナ公演【TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-】での、結成30年目にして3人だけの初めての握手について本文で書かれていますね。 木根尚登 それくらい彼の病気というものが…ちょっとした病気でね、なんか風邪をこじらせて元気になって良かったねっていうんだったら、そんなもん別に心配し合ったことないし。でも初めて命に関わる病名だったんで、それは3人ともやっぱり…3人ともっていうか、宇都宮くんが一番不安だっただろうし、僕も小室くんも「どうしよう…」って話で、ホントに不安の中から始まって…。で、なんとか手術が終わって、そういう病み上がりの中で何ができるんだろうって、本当に真剣に考えたし、そんないろんなことが、あのときふと。僕らなにもそんなことしようと思っちゃいなかったんですけど、たまたまなんです。電車のセットの中に3人だけで入っていくっていう特別な演出だったんです。もしも演出が違っていて、ジャーンって終わって3人がそれぞれの方向にハケて行くのが通常のパターンなら握手はなかった。それが電車の中に入るという、誰もいない3人だけの空間になったワケです。もしも一人でも舞台監督とかスタッフが見ていたら、僕も手を差し伸べなかったかもしれないです。本当に奇跡的な握手でしたね。 -いろいろな偶然が重なったわけですね。 木根尚登 宇都宮くんが病み上がりで頑張ったから「ウツがんばったな」って言って「お疲れ」って言ったら手が出ちゃって「ありがとう」って…そしたら小室くんも「お疲れ」って。そしたら宇都宮くんが、あんまりそんな思いを言葉にする人じゃないんだけど「2人とも、ありがとう」って言ったんです。ホントその数十秒が、セットの電車が動いて「2人とも、ありがとう」って言った瞬間に、バンって開いてスタッフが「はいはい、こっちこっち!」っていきなり出てね。ホントに1分ないですね。30秒ぐらいの時間だったんですよね。それが自分の中でも、ホントにこの本のすべて。30年間のすべて。 -ちなみに小室さんの印象はどうでしょうか? 木根尚登 小室くんは…。宇都宮くんはすごく素直な人、小室くんは意地悪な人です。 -意地悪?(笑)。 木根尚登 とっても意地悪な人なのね、まあ、僕は彼のことが好きだから言うんだけど(笑)。きっと彼のことが好きなんだよね。だから、イジメに耐えられる。イジメって言っちゃ語弊があるけれど(笑)。 -いじりですよね。 木根尚登 うん、いじりだね。宇都宮くんと2人でやってて、ある程度自分の中で色々やったけど結果が出なかったワケですよ、僕が作る音楽では。まあフォークロックみたいな音楽をやってたんで、ボーカルとしての宇都宮くんを活かしきれてなかったのかもしれない。自分もすごく迷ってる中で、彼との出会いは大きかったんです。小室くんが作る音楽は、僕とは全然違うアプローチをしてきて…宇都宮くんも最初は理解できずに「小室の曲って難しい」みたいな感じで。でも3人でオーディション受かって、TM NETWORKという形がだんだん出来上がってきて、そんなときに自分はホントにもう、15歳から約10年間、自分のありとあらゆる引き出しを使ってやってきたものがうまくいかなかったっていう思いが、僕の中ではそういう思いがあって、もう自分は口を出すのは止めようと思ったんです、その時点で。自分がやりたい音楽をここに求めようとしたら、このバンドは続かないなと思って。じゃあ、自分の居場所ももちろん作りながら、小室くんが作って、宇都宮くんが歌うという形をTM NETWORKでやろうっていうふうにして、ものすごく腹のくくりができたんです。で、そこから無茶ぶりというか、小室くんが「こういう曲書いて」とか、あれやろう、これやろうということを全部受け入れましたね。彼も「いやいや、あれはイヤだこれはイヤだって言ってたよ!」って言うのもしれないけど、僕の中で「イヤだ」って言ったことは全然覚えてなくて、全部受け入れた。でもそれがすごく自分にとって、結果がよくて、自分の居場所ができたんです。やっぱり、TM NETWORKの中で、3人の中で自分の居場所っていうのをすごく悩んでいて。2人でも成り立つじゃんってのがすごく大きかったんで。自分はなに?って言ったときに、無茶ぶりって今回、意地悪とかひどいこと言ってるけど、でも実は心の中で彼に感謝してるのは、僕の居場所を作ってくれたのはやっぱり小室くんなワケであって、パントマイムやってみたら?とか、彼は彼なりに「木根尚登の世界観」を作って、これやってみたら?って言ってくれてたんだろうなってのはあるんですよ。結構ヒドイふりもあるんだけれど(笑)。だから、そういうのを経て…彼からみたら僕のことをお母さんみたいって言うんだけど、僕からしたら「出来のいい弟」。出来のいい弟だから言うこと何でも聞けてきたのかな?って。彼が1コ2コ上だったら、またちょっと違ったんですよね。 -なるほど。 木根尚登 年上だと「なんだお前、偉そうに」みたいな感じになったと思うんです。でも、弟だから、で、出来がいいんですよ。だから、「なんだよ、じゃあ今度なにやればいいんだよ、言えよ」みたいな感じでやれるんです。「わかったよ!」みたいな。この1コ2コの年齢の差ってすごく大きいなって思って。 -ニコ生に初めてTM NETWORKの3人で出演した時も、完全に小室さんは木根さんにMCから何からお任せしてましたもんね。 木根尚登 昔からそうですね。仕事のうえで、それが本番であろうが、本番前であろうが、移動時間であろうが、なんだろうが、とにかく全部僕にそういうものを求めてくるんです。それを僕もわかってるから、さっき居場所がないって言ったんだけどその中でだんだん見つけ出したのは「あっ。俺は真ん中にいて、潤滑油なんだ」みたいなね。で、なんか暗い雰囲気を明るくして!ってなことを彼は常に求めてきましたね、僕に。だからそれこそ合コンやって「木根司会ね」って。「俺、司会なの?」みたいな(笑)。で、そういうことを言われても別にイヤじゃないんですよね。「しょうがねえな!」、みたいな。だから基本的に彼のことが好きなんでしょうね。何を言われたって怒らない自分がいて、彼はそれを逆手に取るってワケじゃないけど、もうわかってて。 -小室さんも信頼してるからこそですもんね。 木根尚登 そうそう!でもね、本当に意地悪!って思うこともあるんですよ(笑)。 -やり過ぎなときもあるんですね。 木根尚登 やり過ぎなときもあるんですよ。でも、結果つながるんだよね、いろいろ。「俺、そんなことやるの?」って。だってそれこそ横浜アリーナ、さいたまスーパーアリーナの「駅員さん」もね、リハーサルやっていて、本番3日前に「木根さん、ギター弾いてる場合じゃないよ」って言われた(笑)。 -ギター弾いてる場合じゃないってスゴイですね(笑)。 木根尚登 僕はいつもステージ上では小室くんの真逆にいるんだけど、「木根さーん、ちょっとギター弾いてる場合じゃないんだけど」って。いや、ギター弾いてる場合でしょ?って(笑)。で、ちょっとやって欲しいことあるんだけどって言われて、その場で初めて聞いて「ちょっと外国の人たちと一緒に演技して欲しいんだ、駅員さんやって欲しい」って。それで、本番直前に僕だけひとりで下北沢の役者の人たちが練習しているところに行ってリハーサルをしたんですから! -特別な存在ですね。小室さんは。 木根尚登 そうですね(笑)。 -木根さん個人の話を聞かせてください。「ニコニコ超会議」「ニコニコ動画」で弾いてみたなど色々やって頂いたんですが、反響はどうでした。 木根尚登 反響はすごかったですね。僕も「ニコニコ動画」は知ってるつもりでいましたけど、ホントに異質な世界なんだなっていうのを感じました。やってみて初めて思いましたね、いい意味ですごく異質な世界でした。「ああ、こういう世界があるんだ、ああ、これはなんて純粋な世界なんだろう」って思いましたね。変な大人が入ってるワケでもなく、みんなで文化を作ってる感じってのが。大学の文化祭って楽しいじゃないですか? -はい。 木根尚登 あれ、なんで楽しいかって言ったら、利害とかなんとかってのがなく、ホントにみんなが純粋に楽しく、文化を楽しむ文化祭。ああこういう世界っていいな~と思って。そしたら思った以上に、「えっ?木根さん出てくれるんですか?」とか。出たら「見ました!」っていうのがあって。TM NETWORKのファンはいつも同じように僕が何をしても、ファンの子たちっていうのは「テレビ見ました!」とか言ってくれるんだけど、今回は「向こう側」の人の反響が凄かったですね。 -ファン以外の反応が? 木根尚登 そうそう。で、それがなんか、歓迎してくれてるようなコメントとかも多かったんで、それが一番嬉しかったですね。 -エアギター騒動があって、よくあの「TM NETWORKの木根尚登が全力でGet Wildを弾いてみた」へつながりましたね。木根さんのキャリアなら、無視もできたと思いますけど。 木根尚登 あのね…これ、年齢もあるかもしれない。年齢とかキャリアというかね。これがデビュー10年目くらいだったらどうだっただろうね。もう30周年になって、年齢も50代後半になって、なんかもういいよ、演るよ!って感じになりましたね。ありのままでいいやって。 -「ありのまま」だったですね。 木根尚登 「ありのまま」を見ていただきましたよ(笑)。普通そこで見てもらうんだったらって背伸びするんですけどね。僕の場合はもう、ありのまま。でもね、発見がスゴくあって、一番おもしろかったのはコメントで「あっ!ホントだ!あんまり弾いてない」って(笑)。あれが一番おもしろくてね。確かに僕ね、あんまり弾いてませんから、って言ってたからね、散々。だって、アンサンブルですから。リードギターでないので、別にスゴイ弾いているわけでもないんですよ。 -確かに、コードをずっと引いている、という演奏でもないしソロを弾くでもないですからね。 木根尚登 そもそも30年間やってきて、ギターを小室くんに弾いてくれって言われて、まあこれも無茶ぶりなんですけど、エレキギター弾いてくれって。そこから始まってね、じゃあってカッティングをやろうかなって、そんな感じでやってきました。ホントにファンの方々は、僕が作ってる曲だとか、小説だとか、パーソナルな部分だとかいろんなことが僕の「ああ、木根さんってこうなんだ」とかっていろんなことを知ってくれてるのは、コアなファンだからであって、知らない人はやっぱわからないんですよ。 -そうですよね。 木根尚登 だから、ファン以外の皆さんからしたら30年経っても「えっ?木根さんってギターじゃなかったの?」みたいなことなんですよ。あんなにエアギターでニュースとして話題になったのは「えっ?ギターじゃなかったの?」「えっ?じゃあそれエアギターじゃん」「じゃあ、なにやってたのいままで?」って話になったの。この前もサイン会でね、ファンの方が握手でパッと来たときに「木根さん!もうテレビで自分のことを卑下しないでください」って言ったんですよ(笑)。「なんで?」って言ったら、「木根さんがなんにも出来ない人だと思ってるんです、みんなが!そう思われるのがイヤなんです!」って(笑)。 -熱いですね。 木根尚登 熱いんですよ。だから「ああ!ありがとう!わかった!」って言って。僕、ほら自分のウケを狙うためにね、宇都宮さんが歌って、小室さんが作って、僕はそれを応援してるんですよ!ってバラエティとか取材で言うんです。そうするとね、そういうジョークを言うとね、みんなホントなんだって思っちゃうみたいで。小説を書いてることも知らない。ギターもちゃんと弾けるのも知らない。ピアノ弾けるのも知らない。歌を歌っているのも知らない。確かに僕10年くらい前に、あるイベントで歌を歌っていたら、女の子が来て「木根さん、感動しました!歌、素晴らしいですね。CD出せばいいのに」って。そのときすでに十何枚か出してたので(笑)、「あっ。CD出してるんですよ」って言うと「出してるんですかっ!!」って。そういうのを考えると、もうちょっとテレビに出ようかなって思ってるんです最近。テレビに出て、この人、なに?っていう人になれば、段々意識を持ってくれれば、興味ある人は調べてくれるかな?みたいな。名前を検索してくれる。あっ歌を歌ってるんだ、とかね。あっCDもこんなに出してるんだ、とか。そういうふうにして、TM NETWORKの木根の名前を今更売るんじゃなくて、ソロとしての自分をもうちょっと売りたいな。一般の方々に名前を売りたいなと思い始めて、バラエティーに出たりとかね。 -TM NETWORKの知名度が高いだけに、ギタリストっていうイメージが付いてしまっていると。 木根尚登 ギタリスト。僕はもうデビューして3年目から、ギタリストじゃないんだ宣言をずっとしてるんです。イヤなんですよ、下手だって言われるのが。恥ずかしいとかじゃなくて…ギタリストとして自分も自覚しながら自他共にギタリストなんです!って毎日練習してる人間が下手だったら言われてもいいんですよ。でもね、僕はギタリストじゃないって言っていて、まず練習してないしね(笑)。 -そもそもギタリストではない、と。 木根尚登 練習してないし、これからも練習するつもりもないし(笑)。だからギタリストって呼ばれたくなくて。いつも僕、「いや、ギタリストじゃなくて、アコギとピアノ担当なんです」って言うんだけど。でも、イメージとしてはエレキだよね。だから、ちょっとでもテレビ出たりして、僕のことも知ってもらいたいなと思っています。 -そんな木根さんが楽曲を提供して話題のアイドルグループが「ハート×ストリングス」です。 木根尚登 はいはい。 -今まで木根さんって、女性歌手や声優などに提供楽曲はいっぱいあったじゃないですか?でも、アイドルグループは初ですか? 木根尚登 そうですね、ないですね。僕はホントに音楽のプロデュース業とか楽曲制作って自分から「お願いします!」っていうタイプではなかったので。いただいたお話しはありがたくやらせていただいたってのが、今までのずっと僕のプロデュース業の基本なんです。今回もお話しがあって、普通だったら、俺、アイドルの曲なんて書けるかな?ってあったんですけど、グループのコンセプトが「切な系」っていう。「切な系」の歌を歌うアイドルグループっていうその一言で、もう僕はぜひやらせてもらいたい!って思いました。で、もう僕の曲は、とにかくすべてどんな激しい曲だろうが静かだろうがなんだろうが、全部そのキーワードが「切ない」だったんで。大袈裟なようですけど、自分を支えてくれたのが、自分が作る曲だったんです。で、もしも作曲というものをしていなかったら、たぶんTM NETWORKにもいなかったし、そもそも音楽をやってなかったと思うんです。その中で、ずっとこだわってきたのが「切ないメロディー」で。そのキーワードというか、ワードがバッチリ当てはまりましたね。 -曲の聴き所って、どうですかね?ちなみに、本人たちにはお会いしてないんですもんね。 木根尚登 今日、会うんですよ。この子たち、僕の娘よりも年下の子たちでしょ。これからの若い子たちであり、それと同時にアレンジや作詞も若い方々で。だからそこで、58歳の僕がね、なにが出来るのか?っていったときに、普遍的なメロディーを、若い世代の人たちに注入できたらそれがどんな風に出てくるんだろうっていう楽しみもあったんです。で、こうやって出来上がって、女の子たちが普通にスッとこのメロディーを歌ってるということで、僕の中ではもう完結して。歌詞も当然、もしかして若い人たちが書く、僕の昭和の30年代生まれの人たちが書くんじゃなくて、だから、すべてそういう表現は若い人たちでやるワケじゃないですか?そういう中で、メロディーってやっぱりひとつの音楽の核になるんで、それがみなさんにどういうふうに聞こえてくるんだろうっていうのが、すごく僕の中では期待しているところです。 -編曲・アレンジはどうでした? 木根尚登 アレンジに関しては、僕はもうお任せしますって言ったんですね。こっち側に持ってきちゃうと、ものすごくアーティスティックに凝りたくなってくるんですよ、音って。打ち込みじゃなくてドラム使いたいとか、ピアノは生の方がいいとかって、平気で年寄りは言いたがるんで(笑)。で、それがじゃあ若い子たちでって言ったら、まあ勿論それがいいようになるときもあるんだけど、違う風に出るときもあるんですね。僕はそういう意味ではアレンジも若い人、今の若い女の子たちが、また聴く人も当然そういう世代の人たちになってくるワケですから、入りやすいものでいいんじゃないかな?と思って。でも、すごくメロディーを大事にしてくれながらのアレンジになってるんで、そこはすごく僕は気に入ってます。 -木根ファンの方も「なんで?」って思う部分ってあるかもしれないですよね。 木根尚登 うん、急にですよね。ファンの子たちも「なにしてんの?木根さん!」って「なにやってんの?」って思ってるかも。彼女たちについてるファンの子たちもいるんですよね、もうすでに。そうすると…この前、おもしろかったのが、ハート×ストリングスのファンですって子がいて木根さんの名前を見たときにビックリしました!って言われて。で、その子はTM NETWORKファンなのかと思ったら、僕がやってる『もう 戻らない』ってソロの曲がありまして、それが大好きなんですって。『もう 戻らない』で僕は木根さんのファンになりましたっていう人がいて。ああ、そういう人も出てくるんだなって思って。その子はTM NETWORKではなく、僕のソロのファンで。だから広がるってことは嬉しいですね。こうして、ただSNSだけでも、ファンの子だけじゃなく「木根尚登ってなに?ああ、TM NETWORKの人なんだ」って。こんな若い子たちが僕のメロディーを歌っていただけるだけで嬉しくて。 -懐かしいメロディーも新鮮ですよね。 木根尚登 そうですね。僕はどうしても70年代までいってしまうんで。みんな歌謡曲っぽくする時は80年以降なんですよ。僕は70年代の方なんで、それがおもしろいと思ってもらえればいいねっていう。夢ですけど、50代60代の人たちが、新しい自分の世代の曲、お金を出して買いたいと思うCDを作れるような流れが出来たらいいなと思ってるワケですよ。どうしても、昔の歌謡曲が好きだったって言って、ずっと昔、昔って言ってる。じゃあ、今の歌謡曲ってないの?って思うんです。 -はい。 木根尚登 それをね、出来る出来ないではなく別に僕がやるとかやらないとかではなく、そんなようなことが出来てきたらいいな~とずっと思ってて。そんな時に、このハート×ストリングスさんのお話しを頂いたんで。なんかこんな風に書いて!っていう曲の依頼だったら、もちろん言われればやりますけど、きっと無理して若者向けに…「ちょっとラップとか入れて」とかってなっちゃうし、だったら僕じゃなくていいやってなっちゃうんで。 -そうですね。 木根尚登 だから僕にって言われたときは、ありのままの自分で、一番得意とするメロディーでお願いしますっていうんで、それを書かせて頂けたんでねハート×ストリングスでは。 -この楽曲でまたTM NETWORKに、また更に木根さんの個人の活動に繋がっていったらオモシロイですよね。 木根尚登 うん。例えば「ハート×ストリングスに書いたみたいな曲、書いてよ」って小室くんが言って来るかもしれないし(笑)。結構、そういう頼み方で僕がやった曲を例に出して言うんで。あれみたいなの!って。あの子に書いたあんな感じの書けない?って言うのが多い。そういう意味ではまたTM NETWORKがもし始まったときにね、そこに反映できるかもしれないし。 -わかりました。ありがとうございました。